主体性がない。当事者意識が足りない。言われたことしかやらない。
経営者からよく聞かれるこの種の”嘆き”には、共通点がある。
原因が、すべて社員の内面に置かれているということです。
しかし人は、自分が置かれた環境に対して、驚くほど合理的に振る舞い、適応する生き物です。
だとすれば、問うべきは、意識の高低ではなく、
その組織で主体性を発揮した人たちに、その後何が起きたのか、ではないでしょうか。
改善を提案した社員が、そのまま担当者に任命された組織を考えてみましょう。
・手を挙げれば仕事が増える。
・挑戦して失敗すれば、次の評価で減点される。
・”うまくいけば”成果は上位者の実績として報告される。
この3つが揃っているなら、黙って指示を待つことは、怠慢ではなく合理的な最適解です。
つまり社員は意識が低いのではない。
組織が発している信号を、極めて正確に読み取っているのです。
意識は原因ではなく、結果だととらえるべきではないでしょうか。
結果に直接働きかける施策、すなわち理念の唱和や意識改革を謳った研修が効きにくいのは当然のことです。
順序が逆なのです。
変えられるのは構造の方です。
権限を渡さずに主体性だけを求めることは、ハンドルを握らせないまま運転の上達を期待するに等しい。
・誰に、どこまでの決裁権があるのか。
・失敗した案件は、報告の場でどう扱われるのか。
・評価は成果だけを見るのか、挑戦した事実を含めて見るのか。
・そして経営者自身・また上司が、耳の痛い進言を受けた瞬間にどんな表情をしたのか。。
社員はその一瞬を、驚くほどよく覚えています。
制度の文言よりも、経営者の反応の方が、はるかに強い教育効果を持っていることを認識したいです。
「社員の意識を変える」という言葉は、経営者にとって都合がよい。
それは責任の所在を、自分の手が届かない場所に置いてくれるからです。
しかしこの言葉を本当に手放したときに、初めて、打つべき手が具体的に見えてくるのです。